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名古屋高等裁判所 昭和42年(ネ)565号 判決 1968年5月14日

控訴人(原告)

稲葉重郎

代理人

下田金助

被控訴人(被告)

松葉清栄門

松葉たつへ

代理人

米山義員

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は「原判決を取消す。被控訴人らは控訴人に対し連帯して金一〇八万円及びこれに対する昭和四一年六月九日より完済に至るまで日歩八銭の割合による金員を支払え。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする」との判決を求め、被控訴人ら代理人は主文同旨の判決を求めた。

当事者双方の事実上の陳述、証拠の提出、援用、書証の認否《省略》

理由

控訴人が被控訴人清栄門に対し、昭和四〇年三月一日金一〇八万円を弁済期同月二〇日利息年一割五分、遅延損害金日歩八銭の約で貸与し、被控訴人たつへが右債務につき連帯保証をなしたことは当事者間に争がない。

被控訴人らは、昭和四〇年五月一一日に被控訴人たつへ所有の原野二筆(以下本件物件という)をもつて代物弁済をなし、債務は消滅した旨抗争するから、以下この点について考察する。

<証拠>を綜合すると、次の事実が認められる。

一、控訴人と被控訴人清栄門間に昭和四〇年五月一一日本件物件を前記一〇八万円の債務の代物弁済とする旨の契約が成立し、即日被控訴人清栄門は本件物件の売渡証書、売買登記委任状、本件物件の登記名義人である被控訴人たつへの印鑑証明書を控訴人に提供交付した。

二、ところが、控訴人はその後本件物件の時価が前記控訴人の債権額より幾分低廉なことを聞知するや、前記の代物弁済契約をしたのは被控訴人清栄門の詐欺によるものとなし、同被控訴人方へ赴き前記契約書を出させてこれを無断破棄するに至つた。

三、その後昭和四〇年六月頃控訴人は本件物件を訴外亀本好二の周旋により訴外中村喜代蔵に代金一三〇万円で売却することとなり、手附金として金一〇万円を受領し、同年八月二四日同人より約束手形額面七〇万円、同じく額面一〇万円各一通と現金四〇万円の支払をうけたが、右約束手形の担保として同人所有の三重県志摩郡阿児町立神九八八番の一山林一反八畝二一歩につき抵当権設定登記をなした。(もつとも控訴人は右のごとく訴外中村より受取つた金額のうち金三〇万円を謝礼金として訴外亀本に支払い、前記約束手形二通と現金一〇万円を受領したにかかわらず、被控訴人清栄門に対し額面七〇万円の約束手形と現金一二万五、〇〇〇円を受領した旨の領収書(乙第三号証)を交付するなどいささか作為的な行動にでている)

四、その後右約束手形が不渡となつたため、控訴人は前記担保山林を競売し、その売得金として金二六万七、七九二円を取得した。

以上の事実が認められ、<証拠>中、いずれも右認定に反する部分はたやすく措信しがたく、原審証人中森新市の証言によるも右認定を左右しがたい。そして叙上認定の各事実に弁論の全趣旨を加味して考察すると、前記代物弁済契約においては被控訴人清栄門が前記のごとく本件物件の売渡証書、登記委任状その他移転登記に必要な書類の一切を控訴人に交付した時、これををもつて代物弁済を完了する趣旨の特約があつたものと認められる。

ところで、不動産所有権の譲渡をもつて代物弁済とした場合において、いつ債務消滅の効果を生ずるかについては、単に所有権移転の意思表示をなすのみでは足りず、原則としては所有権移転登記手続の完了とともに債務消滅の効果を生ずると解すべきである。けだし単に所有権移転の意思表示のみで債務消滅の効果を認めるときには、債務者の二重譲渡により債権者は不動産所有権を確保しえないのに債務は消滅することとなり、債権者は現実の満足を得ない結果となるからである。しかしながら、債権者において不動産所有権の移転登記に必要な一切の書類を受領したときには、いつでも登記手続を経由しうるのであるから、少くともこれをもつて代物弁済を完了する特約の存するがごとき場合には敢て登記手続の終了をまたなくても債務消滅の効果の発生を認めて差支なきものというべきである。

前記認定事実によれば、控訴人は被控訴人清栄門から代物弁済としてうけた本件物件の所有権移転登記に必要な一切の書類を受領しこれをもつて代物弁済を完了する旨約したのであるから、右書類受領のときをもつて本件債務消滅の効果を生じたものといわねばならない《後略》(成田薫 布谷憲治 黒木美朝)

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